競馬入門講座

◆競馬小史◆

《英国に始まる近代競馬の歴史 (2)》

<現在のサラブレッドは牡の直系をたどると3頭の馬に>
 さて、より優れたサラブレッドをつくるために英国が東洋から輸入した種牡馬は17〜18世紀の間に約200頭に達しました。しかしその後、世代を重ねるうちに、ほとんどが絶えてしまいました。現存しているのは、ダーレー・アラビアン、バイアリー・ターク、ゴドルフィン・アラビアンの3つの種牡馬の血筋だけ。
 つまり、今日、世界中で走り続けているサラブレッドの父系先祖をたどると、この3頭のいずれか1頭に結びついているわけです。これが、世にいう、サラブレッドの3大根幹馬です。

<4歳5大クラシックレースの誕生>
 この世に生を受けたサラブレッドが目指す、一番の栄冠、それが4歳5大クラシックレースです。競馬の中核をなすこれらのレースの体系が整ったのは18世紀末から19世紀にかけてです。すなわち、1776年にはセントレジャー、1779年にオークス、1780年にダービー、1809年に2000ギニー、そして1814年に1000ギニーがそれぞれ英国で誕生。年とともにゆるぎないものに育っていきました。この5大クラシックという形も、日本ではセントレンジャーが菊花賞に、オークスが優駿牝馬(オークス)に、ダービーが東京優駿(ダービー)に、2000ギニーが皐月賞に、1000ギニーが桜花賞にというように競馬を行うほとんどすべての国に踏襲されています。
 成績書・血統書が完備され、競走体系の整備と歩を合わせて、サラブレッドは急速に改良されました。体高も1700年頃には平均140センチぐらいだったものが、現在では平均162〜3センチにまでなっています。もちろん大きさだけでなく、能力においても格段の進歩がみられます。
 1846年、初めてレースの時計が正規に計られるようになりましたが、その年、ピュルス・ザ・ファーストがダービーに優勝したタイムは2分55秒でした。それから90年後の1936年、マームードがダービーに勝ったタイムは2分33秒4/5で、この記録はそれから約60年後の1995年、ラムタラ(2分32秒31)によって更新されました。

<わが国のサラブレッド生産の歴史>
 わが国で本格的にサラブレッドの生産が始められたのは、明治になって、千葉県の宮内省下総御料牧場と岩手県の小岩井農場を中心に、外国から優秀な繁殖用馬が輸入されてからです。その後、数多くのサラブレッドが輸入され、今日にいたっています。


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